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2006年10月17日 (火)

網走の夕日と思う

 帰宅すると葛西操さんから一首評が届いていた。彼女は96歳の高齢。本田さんの歌集に感想を頂いたときにも有り難くびっくりしたが、彼女はきちんといつも原稿用紙に自筆の文字を書いて送ってくれるのである。少し遅れたのは、娘さんに連れられて北見から札幌に一時移り、その札幌から原稿を送ってくれたためである。彼女の採り上げていてくれた歌は「網走の夕日と思う目つむれば時と場所とが溶け始めたり」(思案夏)彼女も長い間住んでいた網走になかなか戻れず、僕と同じ気持ちでいるその感じを伝えたものである。こういう交流は個人誌流氷記ならではの光景。一人悦に入っている。
  塔の10月号も寄贈されていた。本田重一さんへの追悼文を載せていたからである。編集後記に一言くらい書いてくれてもいいのに、とまた率直に思ったことだった。本田さんの存在は僕にとって大きなものだったが、彼らの価値観からはかなり外れたものだったのだろう。僕はぼくで生きていくという強い意志がますます堅くなったそんな夕刻だった。

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