『耕凍』感想から
本田重一歌集の感想から一つ紹介しておきます。『耕凍』を理解するのにとてもいい文章だと思いますので。
甲 田 一 彦
石ころに土の塊木の根っ子好きなものをばふいに問はれて
北海道北見の原野で農民として生きた本田重一の真骨頂を示した歌である。厳しい自然とのたたかいに翻弄されながら、それでも歯を食いしばって立ち向かう農民魂の発露である。
この歌集は、平成十年から十七年に到る晩年の作品を、「流氷記」の著者川添英一が渾身の力をこめて作り上げたものである。年度ごとに耕・農・土・稔・麦・薯・鋤・播の一字をひいてみると、この歌集の神髄がつかめる気がする。
『耕』
耕して翔ぶを知らざるひと生なり北へと帰る白鳥仰ぐ
『農』
農として生きるほかなき家系かと帳簿つけつつ子が呟けり
『土』
一握の土に思へり無から有を生ずる極みに農はかがやく
『稔』
やうやくに稔れる豆を煮て食す終末思想と遙かに遠く
『麦』
雪の来る前の凍土に秋の麦芽生えて冬へ真向ふグリーン
『薯』
掘り零せし薯は手間賃なきゆゑに拾わぬといふ子に随ひぬ
『鋤』
辛苦せし四十町歩を子の名にと使ひ古しの実印を捺す
『播』
播かざりし一粒の種子萌えむとす病みて一年抱くその実は
最後のこの歌の「一粒の種子」は癌であって、不意にこの農民歌人の命を奪ってしまったのである。病に倒れやがて逝去された母の歌にさえ、厳しい朔北の農の実態が如実に読める。「はよ帰り畑へ出よと病室に母は言いにき余命いくばく」「早よ帰り畑へ出よと死の前に母は云ひたり迎え火を焚く」書くことは尽きないのですが、安らかに眠られることを祈り合掌。
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