塔二月号が
まだ流氷記47号の発送も終わらぬうちに塔の二月号が来てしまいました。どうも塔には入りきらぬ気がして仕方ありません。主宰の永田さんに再入会の挨拶の葉書を出し、年賀状も出しましたが、全く無視の礫という感じなのも、気が滅入る一因なのでしょう。僕の塔編集時には彼の岩倉のお宅にも足を運んだこともありますし、彼の弟のような気持ちでいたのに、結局、その時、京都を離れざるをえなかった彼の一時の使い捨てだったんだなという思いです。年賀状のことでRに蔑視されてしまいましたが、葉書の一枚一枚、流氷記の一冊一冊、短歌の一首一首に心込めて僕は生きていますので…。流氷記47号には「流氷記二千四百枚を折る狂わぬように心をこめて」「流氷記一枚一枚心込め折れば待っててくれる人あり」「忙しい人ほど返信してくれる個人誌一冊一冊送る」など、そういう思いを綴った歌もあります。さて、二月号投稿歌です。3567910首目が採られた歌です。
選挙まで秒読み始まる報道よあとどれくらいわが消えるまで
九・二三夏が終わらぬうち彼岸来てわが生もかくのごときか
電話もて話しかけたき人は亡し田中榮に本田重一
転んでもタダでは起きぬ川添と澤辺元一言いしことあり
どんな歌だったか眠りの中に歌作りて記さぬままに過ぎゆく
人一人憎むを心の支えとし生きることあり悲しけれども
独りがいい一人がいいよ誰知らぬ温泉にわが浸りいるべし
ピンセットで活字を入れる頃の塔思えば安易な発想も見ゆ
一文字セセリは武士の正装のごとき羽根閉じてクコの葉にいる
氷海に夕日の沈む喫茶店本田重一今はもう亡し
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コメント
「年賀状のことでRに蔑視されてしまいました」とありますが、この件の「R」とは、多分、私のことでしょう。私は決して、川添さんを蔑視したのではありません。ただ、世間ではたいした意味もなくやり取りされている年賀状に、あれほどの拘りを見せている川越さんの心情を、たまらなく切なく思ったのでした。それがどのような性質のものであれ、もうそろそろ年賀状について云々するのは止めましょう。
さらに申せば、今日の日記中に、「どうも塔には入りきらぬ気が。(中略)永田さんに再入会の挨拶の葉書を出し、年賀状も出しましたが(中略)、彼の一時の使い捨てだったんだなという思いです」などとあるのも、あまりに女々しく痛々しい。
これを「塔」同人や会員が見たら、今月号掲載の、「人一人憎むを心の支えとし生きることあり悲しけれども」の「人」が永田和宏氏を指したものだと誤解し、「独りがいい一人がいいよ誰知らぬ温泉にわが浸りいるべし」という佳作を、「引かれ者の小唄」のように解釈することでしょう。
それで生計を立てていると否とに関わらず、結社の運営やそれに伴う選歌は、ある意味ではビジネスなのです。従って、「転んでもタダでは起きぬ川添と澤辺元一言いしことあり」「ピンセットで活字を入れる頃の塔思えば安易な発想も見ゆ」などという、風説の流布を生み出しかねない作品が掲載されないのは当然のことでしょう。
しかし、この二首、黒田英雄さんに読ませたかったですね。彼の言う、「映画になる短歌」とは、このような作品のことでしょう。返す返すも残念なことでした。
失礼なことばかり申し上げましたが、投稿歌十首と掲載歌五首を掲出して下さいましたありがとうございます。いろいろと勉強になります。
そのうち、「流氷記」を購読させていただきたいと思っておりますが、どのような方法でお願いしていいものやら。
投稿: G | 2006年2月19日 (日) 16時03分
Rさんへ コメントありがとう御座いました。もう書いてくれないかな、と思っていたので嬉しく思いました。どのようなものであれ、ご返事頂けるのは嬉しいです。昔、夏目漱石がこまめに便りを出していたように、高安先生も何かあるごとに便りをよこしていました。田中栄もしかりです。永六輔さんも一言ながら必ず返信があります。歌の中の一人は永田さんではありませんが、彼の結婚式にも僕は参列していましたよ。また、僕は必ず送られた歌集にはお礼の言葉を出すように心掛けています。その機会を無くしてしまったときなどに年賀状は役に立ちます。こういう手作りの部分は大切にしていたいです。塔はそのような面においても何か間違っているような気がします。原田昇さんが無くなる前、「今の塔は高安先生に済まないことをしているのでは」と便りがありましたが、ぼくもそう感じます。ともあれ、有り難う御座いました。
投稿: 川添英一 | 2006年2月19日 (日) 16時44分
追伸 個人誌流氷記ですが、ご住所お名前お教え頂ければお送りします。メールででもお教え頂ければありがたいです。
投稿: 川添英一 | 2006年2月19日 (日) 16時48分
先日は、ご丁重なご返事ありがとう御座いました。「塔」掲載の御作について、もう一つお尋ね申し上げます。
九首目の歌「一文字セセリは武士の正装のごとき羽根閉じてクコの葉にいる」を読む場合、私は、「一文字/セセリは武士の/正装の/ごとき羽根閉じて/クコの葉にいる」と「5・7・5・8・7」の形で読み、四句目の字余りに窮屈さを感じてしまいます。
この字余りは、この作品を「一文字セセリは武士の正装のごとき羽根閉じクコの葉にいる」或いは「一文字セセリは武士の正装のごと羽根閉じてクコの葉にいる」とすれば、解消されるのですが、敢えてそうせずに字余りの形で発表されたのには、どのような意図がおありなのでしょうか。
ご多忙中大変失礼ですが、ご教示下さい。
投稿: G | 2006年2月22日 (水) 11時34分
丁寧にお読みいただきありがとう御座います。「一文字セセリは武士の正装のごとき羽根閉じてクコの葉にいる」ですね。まず、「武士の正装のごとき羽根」ですが、まさに羽根の模様が武士の正装の服装を思わすわけで、「ごとき羽根」です。「正装のごと羽根閉じて」では「正装のごと」が「閉じて」に掛かってしまい、意味をなさなくなります。字余り等については、別の機会にきちんと述べようと思っていることなのですが、日本語の文字と音節の関係に起因していることであり、「ご・と・き・はね・と・じ・て」もしくは「ご・と・き・は・ね・とじ・て」であろうと思います。これはまたいずれ述べておきたい課題でもあります。「こんにちは」を「こ・ん・に・ち・わ」の五音と見るか「こん・にち・わ」の三音と見るか…といった見解です。このことが短歌等の世界の見方に繋がります。これはいずれ述べたいと思っています。ととあえず、今はこんなところで…。
投稿: 川添英一 | 2006年2月22日 (水) 18時29分
先ほどばたばたと書き込みました。「は・ね・とじ・て」でしょう。「とじ・て」とすることで、羽根を閉じる動作をも重ね合わせたいです。このような読み方で味わうことがあれば、とかねがね思っているところがあります。いずれ、またゆっくりと書き込みます。
投稿: 川添英一 | 2006年2月22日 (水) 21時42分